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東京地方裁判所 平成7年(ワ)21272号 判決 1997年9月26日

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一1  主位的請求

被告ユニソン・ナビゲーション・コーポレーション(以下「被告ユニソン」という)は、原告に対し、金八五七八万五七七五円及び内金七七九八万七〇六八円に対する平成四年一二月一三日から、内金七七九万八七〇七円に対する平成七年一一月八日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  予備的請求

被告ユニソンは、原告に対し、金八五七八万五七七五円及び内金七七九八万七〇六八円に対する平成四年一〇月三一日から、内金七七九万八七〇七円に対する平成七年一一月八日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告日本船主責任相互保険組合(以下「被告保険組合」という)は、原告に対し、前項の判決が確定したときは金一億〇二〇〇万円を限度として、被告ユニソンが判決確定の日に原告に対し支払義務を負う金額及びこれに対する判決確定の日の翌日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要等

一  事案の概要

本件事案の概要は次のとおりである。

マレーシアから台湾に向けて丸太を輸送していた被告ユニソン所有の貨物船ユニソン・スプレンダー号(以下「本船」という)が目的地である台湾のスアオ港において発生させた浸水事故(以下「本件事故」という)により、荷受人チー・リン・ランバー・カンパニー(以下「チー・リン」という)は追加費用の支出、油汚染による積荷(丸太)の価値の低下等の損害を被ったとして、同会社と海上保険契約を締結していた保険会社である原告から右海上保険契約に基づき保険金の支払いを受けた。その結果、原告は、右支払の結果、運送人でありかつ船舶所有者である被告ユニソンに対してチー・リンが有する損害賠償請求権を保険代位により取得したとして、同被告及びその債務を連帯保証した被告保険組合に対し、約七八〇〇万円の損害賠償を求め、更に、被告ユニソン及び同保険組合の不誠実な対応により本訴提起を余儀なくされたなどとして弁護士費用報酬分相当額として約七八〇万円の損害賠償を求めた。

二  争いのない事実等(証拠によって認定する場合は適宜証拠を掲記する)

1  当事者

原告は貨物海上保険その他の保険を業とする中華民国法人の会社である。

被告ユニソンは海上運送業を営む中華民国法人の会社であり、同保険組合は日本の船主相互保険組合法に基づき設立された組合である。

2  準拠法

本件紛争の準拠法は原告・被告ら間の平成五年八月四日付合意に基づき日本法と定められている。

3  売買契約・海上運送契約の締結等

(一)(1) チー・リンは、平成四年一〇月ころ(以下平成四年度内の事柄については単に月日のみで表記する)、マレーシア国の輸出業者リンバング・トレーディング・エスディーエヌ・ビーエイチデー(以下「リンバング・トレーディング」という)からマレーシア・サラワク丸太一五七一本、四四七一・七四三六立方メートル(以下「リンバング・トレーディング商品」という)を輸送料込み価格六八万一〇六六・六八米ドルで買い受けた(甲三の1、四五、五九)。

(2) リンバング・トレーディングは、同じころ本船の所有者である被告ユニソンに対し、右リンバング・トレーディング商品をマレーシア国のリンバングから台湾のスアオ港まで海上運送することを依頼し、同被告はこれを承諾した(以下「第一運送契約」という)。

被告ユニソンは、右合意に基づき、一〇月二三日までにリンバングにおいて、リンバング・トレーディング商品を何らの欠陥もなく外観上良好な状態で、本船に船積みした後、右荷送人リンバング・トレーディングに対し、別紙船荷証券目録一記載の船荷証券(以下「第一船荷証券」という)を発行交付した。チー・リンは右第一船荷証券の最後の所持人である。

(二)(1) チー・リンは、同じく一〇月ころ、マレーシア国の輸出業者テック・シン・リック・シン・エスデーエヌ・ビーエイチデー(以下「テック」という)からマレーシア・サラワク丸太五一二本、二二五二・七六三四立方メートル(以下「テック商品」という)を輸送料込み価格三七万五九五七・〇五米ドルで買い受けた(甲三の2、四五、五九)。

(2) テックは、同じころ被告ユニソンに対し、テック商品をマレーシア国のクアラ・バラムから台湾のスアオ港まで海上運送することを依頼し、同被告はこれを承諾した(以下「第二運送契約」という)。

被告ユニソンは、右合意に基づき、一〇月二五日までにクアラ・バラムにおいて、テック商品を何らの欠陥もなく外観上良好な状態で、本船に船積みした後、テックに対し、別紙船荷証券目録二記載の船荷証券(以下「第二船荷証券」という)を発行交付した。チー・リンは、右第二船荷証券の最後の所持人である。

4  本件事故の発生

(一) 本船は、リンバング・トレーディング商品及びテック商品(以下「本件貨物」という)を船積みした後、一〇月二五日にマレーシア国のミリ港から台湾に向けて発航した。右航海においては、風力(以下ビューフォート風力階級によって示す)はおおむね三から四であった。しかし、一〇月三〇日は午前四時ころから終日にわたって前線の通過に伴い風力が八から九程度に達した。本船の甲板長は、右荒天下における安全確保のため貨物船艙内を頻繁に点検し、その結果、貨物船艙内に浸水が発生していることを複数回確認し、その都度右船艙内に滞留している海水をポンプを用いて排水させた(甲八、一三。右浸水を以下「本件事故前日の浸水」という)。

本船は、一〇月三一日午前四時二七分ころ、台湾のスアオ港に投錨・錨泊し、午前一〇時三六分ころ、同港第三岸壁に固定されたが、その際本船が左舷側に約五度傾き吃水も最大吃水線を超えるものであったため貨物船艙を検査したところ、第一番貨物船艙に相当量の海水が滞留しており、再び浸水が発生していることが発見された(右浸水を以下「本件事故当日の浸水」という)。このため、本船船長は、再びポンプ等による排水を行わせたが、右貨物船艙内の海水は右排水措置にもかかわらず増加する一方であり、本船は、午後零時五〇分には左舷側に一三度以上傾き甲板上の本件貨物の大部分は左舷側から海上へ落下し、同二時ころには三〇度以上傾くとともに左舷側の船底が海底に着座し、同五時ころには、甲板の一部及び前橋部船員室部分を海水面上に残したものの、海水面が右舷側の甲板の高さにまで達し、完全に海底に着座した状態になり、本件貨物が海水中に没した(甲八、一三)。

(二) 被告ユニソンは、第一運送契約及び第二運送契約(以下「本件各運送契約」という)により、スアオ港の岸壁において本船から岸壁上まで本件貨物を移動し、本件第一船荷証券及び第二船荷証券(以下「本件各船荷証券」という)の所持人であるチー・リンに対し本件貨物を引き渡す債務を負っていたが、本件事故により被告ユニソンは右債務を履行することができず、チー・リンは自ら一部費用を出捐して水中に没していた本件貨物を引き揚げてその全部を引き取った。

5  本船の状況

(一) 本船は、昭和五二年一一月に建造され、当時船齢約一五年の船舶であり、総トン数は四六一六トン、船籍国は中華民国、日本海事協会又はチャイナ・レジスターの船級を有していた(甲三六)。なお、本船の船艙は第一番船艙と第二番船艙の二船艙で構成されている。

(二) 本船の左舷船首外板のうち、第一番船艙の前部隔壁から七番目と八番目の肋骨(フレーム)の間で、かつ、上から三番目の条列(ストレーキ)に当たる、第一番船艙の底部面から約五〇センチメートルの高さの部分に、海水面に対し垂直に二・五台湾スケール・フィート(七五八・二五七五ミリメートル)の長さで毛髪状の亀裂(以下「左側亀裂」という)が生じていることが、本船再浮揚前の一一月二五日の潜水調査により確認された(甲一四の1)。本件事故当日の浸水は左側亀裂部分から生じたものである。

(三)(1) 本件事故前の九月二四日、本船の右舷側船体外板吃水線下に浸水を伴う亀裂(以下「右側亀裂」という)が発見され、同月二九日、右亀裂部分につきパッチ当て(小さい鉄板を亀裂部分に当てること)により修理(以下「事故前修理」という)が施されている。

(2) 本船は、一二月二三日に再浮揚されるまで海底着座状態のままであり、右再浮揚後台湾の高雄港まで曳航され、同港に到着した平成五年一月二三日以降本格的な修理が行われた。その際、第一番船艙と第二番船艙の間の中間隔壁が船底から七六〇ミリメートルの高さまですべて新替された。

第三  当事者の主張

一  被告ユニソンに対する原告の主張

1  当事者、丸太の売買契約、海上運送契約、本件事故の発生

第二(事案の概要等)・二(争いのない事実等)記載1ないし3、4の(一)及び(二)の各事実

2  被告ユニソンの責任原因

(一) 被告ユニソンの過失を構成する事実

本件事故発生の原因として、<1>本船には発航前から左側亀裂付近にその発生原因となるグルービング(溝状腐食。以下「左側亀裂の原因となる腐食」という)が存在しており発航時において不堪航であったこと(以下「過失事実<1>」という)、<2>被告ユニソンが本船を修理ないし整備する義務を怠り錆だらけのまま本船を放置していたこと(以下「過失事実<2>」という)、<3>本船船長は、発航前に船体の整備状況を検査しなければならないところこれを怠り、錆だらけの上に左側亀裂の原因となる腐食が生じた状態のまま本船を発航させたこと(以下「過失事実<3>」という)、<4>事故前修理は堪航性に影響があるから、本船の船級協会である日本海事協会の検査員による臨時検査を求め、右側亀裂の原因や堪航能力の有無等を検査させる義務があったにもかかわらず、これを怠ったこと(以下「過失事実<4>」という)、<5>本船船長は、本件事故前日の浸水を認識したのであるから安全確保のための措置を講じなければならないところこれを怠り、本船貨物船艙内に滞留した海水をポンプで排出したのみでその後排水を継続しなかったため、再度の浸水を早期に発見できなかったこと(以下「過失事実<5>」という)、及び<6>本船船長は、スアオ港又はその付近の海岸の浅瀬に任意乗揚を行うことにより本件貨物の流失、損傷を回避できたにもかかわらず、このような措置を一切採らなかったこと(以下「過失事実<6>」という)、が挙げられる。

(二) 債務不履行による責任

過失事実<1>ないし<4>により、被告ユニソンは、平成四年六月三日改正(平成五年六月一日施行)前の国際海上物品運送法(以下「法」という)五条一項一号及び三条一項により、本件各船荷証券の最終の所持人たるチー・リンに対し、本件事故によりチー・リンの被った後記3の損害を賠償すべき責任がある。

なお、過失事実<3>及び<4>は、著しく注意を欠き、あるいは通常人の負うべき注意よりも軽度の注意さえ尽くさなかったものと評価されるから、被告ユニソンには右の点に関し重過失がある。

(三) 不法行為による責任

被告ユニソンは、本件貨物所有者たるチー・リンに対し、本船の所有者として過失事実<3>、<5>及び<6>に基づき、商法六九〇条により、本件事故によりチー・リンの被った後記3の損害を賠償すべき責任がある。

3  チー・リンに生じた損害

本件事故により生じた損害の総額は次の(一)ないし(三)の合計金七八四一万八二六九円(一六一四万一九二三台湾ドル。ただし、一〇月三〇日当時の銀行電信売価格一台湾ドル四・八八七九円と銀行電信買価格一台湾ドル四・八二八二円の中間値である一台湾ドル四・八五八〇五円で円換算)である。

(一) 丸太回収費用

(1) 五七二万九八五一円(一一七万九四五五台湾ドル)

華龍港湾工程打撈公司が甲板上の丸太及び船艙から流失した丸太計五〇二本を回収した費用(被告ユニソンが三五、チーリンが六五とする暫定的負担割合の合意に基づく部分)

(2) 一〇一五万三三二五円(二〇九万台湾ドル)

日存企業有限公司が船艙内に残存していた丸太一五八一本を回収した費用

(二) その他の保管料等

(1) 特別荷揚費用 四六七万〇七一四円(九六万一四三八台湾ドル)

関税貨物取扱人である全鴻報関有限公司は、回収された丸太をトラック業者等を雇って遠方の保管場所へ移送した。

(2) 検尺・検寸の特別費用 二一万七四九五円(四万四七七〇台湾ドル)

油汚染された丸太は、滑りやすく危険であるので、検尺あるいは検寸する際に特別の費用が掛かった。

(3) 検数料  二一万八六一二円(四万五〇〇〇台湾ドル)

チー・リンが荷揚げした丸太を検数した際の費用である。

(4) 屋外保管場所賃料 三八万八六四四円(八万台湾ドル)

丸太が油汚染されていたため、通常よりも長く保管場所に置いて保管する必要があったため生じた費用である。

(5) 特別輸送料 二五万五〇四八円(五万二五〇〇台湾ドル)

丸太が長期間水に浸かっていたため重量が増加したので、トラック運送に際して特別輸送料を支払った。

(三) 丸太の減価損害

(1) 船艙外の丸太についての油汚染等による損害

一五四一万八二四〇円(三一一万八一七三台湾ドル)

丸太五〇二本(一八九六・三〇七立方メートル)に関するもので、計算根拠は以下のとおりである。

一八九六・三〇七立方メートル×四一一〇・八五台湾ドル/立方メートル×四〇パーセント(減価率)=三一一万八一七三台湾ドル

(2) 船艙内の丸太についての油汚染等による損害

三三〇四万八九三五円(六八〇万二九二二台湾ドル)

丸太一五五六本(四七二八・二立方メートル)に関するもので、計算根拠は以下のとおりである。

四七二八・二立方メートル×四一一〇・八五台湾ドル/立方メートル×三五パーセント(減価率)=六八〇万二九二二台湾ドル

(3) 作業中の全損破損丸太

一九九万七〇七二円(四一万一〇八五台湾ドル)

丸太二五本(一〇〇立方メートル)に関するもので、計算根拠は以下のとおりである。

一〇〇立方メートル×四一一〇・八五台湾ドル/立方メートル×一〇〇パーセント(減価率)=四一万一〇八五台湾ドル

(4) 作業中の部分破損丸太

六五九万〇三三三円(一三五万六五八〇台湾ドル)

丸太七一五本(二二〇〇立方メートル)に関するもので、計算根拠は以下のとおりである。

二二〇〇立方メートル×四一一〇・八五台湾ドル/立方メートル×一五パーセント(減価率)=一三五万六五八〇台湾ドル

4  原告の保険代位による損害賠償請求権の取得

(一) 原告は、一〇月二二日、チー・リンとの間で、以下の約定で海上貨物保険契約を締結した。

被保険者  チー・リン

保険の目的 本件貨物

保険航路  マレーシアの港から台湾のカオシュン又はスアオまで

保険金額  金一億一六九四万〇〇六一米ドル

(二) 原告は、荷受人チー・リンに対して前記3の同人の損害を填補するため、右保険契約に基づき、保険金合計金七七九八万七〇六八円(一六〇五万三一六三台湾ドル。一台湾ドルを四・八五八〇五円として換算する)を支払い、商法六二二条によりチー・リンが被告ユニソンに対して有する前記損害賠償請求権を右支払金額の範囲内で取得した。

5  原告に発生した損害

(一) 原告は、原告代理人に対し、本訴請求に係る訴訟物の価格の一割を超える額を弁護士報酬として支払う旨の合意をした。

(二) 被告ユニソンは、以下の理由により、右合意に基づく弁護士費用金七七九万八七〇七円についても賠償責任があるというべきである。

(1) 過失事実<3>及び<4>は、重過失にも当たるから、法二〇条二項、商法五八一条により、また、重過失が認められないとしても、本件事故と相当因果関係を有する損害として民法四一六条により、被告ユニソンには弁護士費用報酬相当額についても賠償責任がある。

(2) 被告ユニソンは、本件事故後、原告側との交渉過程において、訴訟上の立証責任を全く考慮せず、原告に対する回答を引き延ばした上、およそ証拠の裏付けを伴わない不誠実な回答をした。被告ユニソンのこのような行為は、原告の利益を侵害し、訴訟提起のやむなきに至らせたものであるから、不法行為に当たり、同被告は、そのために生じた費用相当額を賠償すべきである。

6  遅延損害金

(一) チー・リンは、被告ユニソンに対し、一二月一二日に到達した同日付け書面をもって本件事故による損害賠償金を支払うように請求した。

(二) 原告は、被告ユニソンに対し、弁護士費用相当損害金について、平成七年一一月七日に送達された本訴状をもって請求をした。

7  よって、原告は、被告ユニソンに対し、主位的に本件各運送契約の債務不履行による損害賠償請求権の保険代位に基づき金七七九八万七〇六八円及びこれに対する請求の日の翌日である平成四年一二月一三日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を、予備的に商法六九〇条による不法行為による損害賠償請求権の保険代位に基づき金七七九八万七〇六八円及びこれに対する本件事故の日である平成四年一〇月三一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、更に本件運送契約の債務不履行又は不法行為による損害賠償として弁護士費用分金七七九万八七〇七円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(不法行為の後の日)である平成七年一一月八日から支払済みまで商事法定利率年六分又は民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告保険組合に対する原告の主張

1  被告保険組合は、被告ユニソンとの間で、同被告を被保険者とする船舶責任賠償保険契約を締結した。

2  被告保険組合は、本件事故後の平成五年八月四日、原告に対し、被告ユニソンの原告に対する本件事故による損害賠償義務が原告の勝訴判決により確定した場合には、金一億〇二〇〇万円を限度として支払う旨の連帯保証契約を締結した(以下「本件連帯保証契約」という)。

3  被告保険組合は、原告に対し、本件事故による被告ユニソンの損害賠償債務を争っているので予め同被告に対しても本訴請求をする必要がある。

そして、被告ユニソンの損害賠償債務が確定すれば被告保険組合に対する保証債権の停止条件が成就する。

4  よって、原告は被告保険組合に対し、本件連帯保証契約に基づき被告ユニソンに対する本訴請求の勝訴判決が確定したときは、金一億〇二〇〇万円を限度として、被告ユニソンが判決確定の日に原告に対し支払義務を負う金額及びこれに対する判決確定の日の翌日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  抗弁

1  堪航能力の保持(法五条一項一号)

被告ユニソンは、左記のとおり、本船のリンバング及びクアラ・バラム各発航時(以下「発航時」という)において本船外板に関し、「船舶を航海に堪える状態におくこと」(法五条一項一号。以下「堪航能力」という)ができるよう相当の注意を尽くした。

(一) 本船は、船級協会の規則に従った公的検査に合格していた。

(二) 本船の外板は、発航の当時船級協会の規則によって要求される以上の板厚を有していた。

すなわち、右規則における船体外板の衰耗限度の目安は最大値として元の板厚の二〇パーセントプラス一ミリメートルであり、元の板厚が一一・五ミリメートルである本船の船体外板の取り替え時期の目安は板厚が八・三ミリメートルとなったときであるところ、左側亀裂発生箇所である船体フレーム番号一四三から一三五の間の条列番号S9―Dの外番フレーム番号一三五番フレームと接着した部分付近の外板の厚さは、本件事故前後の計三回の板厚検査時においていずれも八・三ミリメートルを超える厚さを有していた。

2  船舶取扱に関する過失(法三条二項)

本船がスアオ港に到着し錨泊した後、本船の船員は、本船の船底に溜まったビルジ水の計測を全く行わなかった。そのため、本件事故当日の浸水を早期に発見し必要な対処をすることができず、本件事故は発生した。したがって、本船の船員が右錨泊後直ちにビルジ水の計測・管理をしなかった過失が本件事故の原因である。

すると、右過失は船舶の取扱に関する過失であるから、被告ユニソンは、法三条二項により、本件事故から発生した損害について免責されるべきである。

3  海上その他可航水域に特有の危険の存在(法四条二項一号)

本船は、一〇月三〇日、風速毎秒二〇メートルに達する風力九の荒天に遭遇し、そのため、本件事故前日及び当日の浸水が生じるに至ったものである。

したがって、本件事故が生じたのは、本船の航海域が荒天に遭遇したためであり、被告ユニソンは、法四条二項一号により、本件事故から発生した損害についての責任から免責される。

第四  判断

一  被告ユニソンの責任について

1  債務不履行による責任

被告ユニソンは本件運送契約上の債務を履行できなかったところ(争いがない)、右債務不履行につき免責事由として抗弁1ないし3記載の各事由を主張するので、順次検討する。

(一) 抗弁1について

被告ユニソンは、本船が公的検査に合格していたこと及び本件事故前後の検査の際に左側亀裂が発生した部分の外板につき日本海事協会の定める最大衰耗率の範囲内の衰耗しか認められないことから、本船の発航時に左側亀裂付近の外板に関し必要な注意が払われたものであり、本船につき堪航能力に関して注意が尽くされたことが明らかであると主張する。

しかし、一般に堪航能力とは、目的地までの航海につき、船舶が船積みされた物品を安全に目的地まで運送できる船体の状態を保有していることを意味すると解されるところ、これは船体全体の安全性につき、航海の場所、航海の時期、船舶技術の水準、積荷の種類、積載方法等を考慮した上相対的に判断されるべきものであるから、発航時の堪航能力についての注意義務の対象を左側亀裂付近の外板に限定した上で展開される被告ユニソンの主張は理由がない。

また、前記の堪航能力の解釈に照らし、堪航能力の有無、程度に関する注意義務とは、船舶の発航時における船舶の能力・状態に向けられた個別具体的なものであると解されるところ、被告ユニソンは、発航前の直近の公的検査及び板厚検査の結果のみを主張するにとどまっており、右の個別具体的な発航時の注意義務を尽くしたとはいい難く、この点からも抗弁1は理由がなく、被告ユニソンの免責を認めることはできない。

よって、被告ユニソンは、法五条一項所定の責任を負うものというべきである。

(二) 抗弁2及び3について

堪航能力に関する注意義務(法五条一項)と運送品を安全に運送する義務(法三条一項)とを別個に規定した法の趣旨に照らし、法五条一項の定める義務と法三条一項の定める義務とは別異のものであるから、右(一)のとおり被告ユニソンに法五条一項の定める責任が発生する以上、抗弁2及び3の事由は、同被告の右責任を左右するものではない。

2  不法行為責任(過失事実<3>、<5>及び<6>について)

進んで、被告ユニソンの不法行為責任に関する主張について検討する。

(一) 本件事故の責任原因としての主張について

原告は、被告ユニソンに対し商法六九〇条又は民法上の不法行為責任に基づいて損害賠償請求をする場合には、商法五八〇条による損害賠償の制限は及ばない旨主張する。

しかし、商法六九〇条は船舶所有者の損害賠償責任の要件を定めたものであり、その責任の範囲に言及するものではない。

また、商法五八〇条が運送人の責任を限定する目的で定められた民法上の不法行為責任に対する特別規定であることを考慮すると、民法上の不法行為に基づく損害賠償請求にも同条による損害賠償額の制限が及ぶものと解すべきであり、そうである以上前記1のとおり被告ユニソンは本件各運送契約の債務不履行に基づく責任を負い同条の範囲で賠償責任を負うのであるから、更に重ねて不法行為責任について判断する要をみない。

(二) 弁護士費用報酬分相当額に関する不法行為の主張については、便宜損害に関する後記三で判断する。

二  チー・リンに生じた損害について

1(一)  被告ユニソンの損害賠償責任の範囲は、法二〇条二項により準用される商法五八〇条二項により定められる。

この点、原告は、商法五八一条(重過失)あるいは民法四一六条によって右範囲は拡張されると主張するが、以下のとおり理由がなく、失当である。

(1) 発航前の本船船長の検査義務違反をいう点(過失事実<3>)については、本件全証拠を精査検討しても、発航時に本船船体が錆だらけであったこと、左側亀裂の原因となる腐食が存在したことを認めることは困難であり、理由がない。

(2) 被告ユニソンが事故前修理の後本船につき船級協会の検査を受けなかった点(過失事実<4>)については、原告主張の日本海事協会の検査員による臨時検査を受ける義務が同協会の規則上規定されているかどうか自体証拠上明らかではないこと、同被告は臨時検査を受けるか否かは船長の判断によると述べていることなどからすると、右臨時検査を受けなかったことが直ちに被告ユニソンの重過失を構成するものとは認められず、この点の主張も理由がない。

(3) また、民法四一六条の主張は、前記のとおりその特別規定たる商法五八〇条二項が適用されるのであり、理由がなく、失当である。

(二)  ところで、法二〇条二項により準用される商法五八〇条二項は、堪航能力に関する注意義務違反を理由とする法五条一項による損害賠償請求における賠償額を運送人保護の見地から定額化し、完全な状態で引き渡されたならば有したであろう引渡日における到達地の価格から、一部滅失又は毀損した状態における価格を控除した差額のみを損害賠償額とし、特別事情に基づく損害に対しては責めを負わさないこととしたものと解される。

したがって、原告が主張するチー・リンの損害のうち丸太回収費用及びその他保管料等の費目の損害は商法五八〇条二項によっては請求し得ないものというべきである。

2  そこで、商法五八〇条二項によってチー・リンが被告ユニソンに対して請求し得ると解される丸太減価損害の点について検討する。

(一) 証拠(甲三四の1、2、4、5及び11、乙一、三、四)によれば、本件事故により本船から燃料油が海面に流出し本件貨物である丸太の表面に付着したこと、陸上への荷揚げ後破損した丸太もあったことが認められる。

しかし、丸太の油汚染の程度、本件事故と荷揚げ後の丸太破損との因果関係等は明らかではなく、また、本件全証拠によっても、本件事故に起因して油汚染及び作業中の破損が生じたことまでは認められず、本件事故による丸太減価損害を認定することはできず、右損害に関する原告の主張は理由がない。

以下にその理由を述べる。

(二) 原告は、原告が選任した鑑定人ティー・オー・タイ作成の検定報告書(甲八。以下「本件検定書」という)、写真(甲三四の1ないし4、6、8ないし17)及び作業日誌(乙三及び四)などから右丸太減価損害が発生したことは明らかであるとするので、これらの証拠について検討する。

(1) 本件検定書の八ぺージの「救助された丸太の状態」という項目には原告の主張と一致する丸太減価損害が記載されている。

しかし、本件検定書は全体を通してその査定の手法が明らかではないし、結論の合理性を担保する資料も伴っていない。すなわち、本件検定書については、<1>本件貨物全量につき、全損ないし油汚染による減価(三五パーセント又は四〇パーセント)が生じた上、うち七一五本(二二〇〇立方メートル)分については更に重ねて作業中の破損により一五パーセントの減価が生じたというのであるが、全量につき損害が発生したこと、更に七一五本については二重に減価を計上し得ること、各項目に該当する丸太の本数及び容積、減価率の算定、丸太の単価の設定等について、その判断の根拠となった数値又は資料及びそこから結論を導くに至る過程のいずれもが全く示されていないこと、<2>九ページ及び検数紙(甲二三)によると、スリング(つり索)からの落下により丸太の全損及び一部損が生じたことが認められるが、同九ページにおいて請負人によって発生したと記載されるなど本件事故との関連が疑わしい上、右<1>の算定に当たって算入されたのか除外されたのか不明であること、<3>「種々の油汚染」が生じたと記載されている一方、どのように一律に減価率が算定できるか全く説明がなく、単に結論のみ「見積もられる」という形式で表記しているにとどまること、などの事情が見受けられ、本件検定書は、合理的な裏付けを欠いたまま丸太減価損害等に関する鑑定人の意見を表明したにすぎないものと解さざるを得ない。

したがって、本件検定書は法的な責任範囲である損害額認定の資料として採用することは困難であり、これにより直ちに損害額を認定することはできない。

(2) また、ハリー・チェン作成の鑑定報告書(甲五六)についても、同報告書を検討すると、本件事故発生から四年以上も経過し本訴提起後の平成九年二月に至って作成されていること、右報告中に損害額の査定のための資料が存在しないことが述べられていること、丸太減価損害の内訳が本件検定書と同一であり本件検定書に依拠したのではないかとの疑問を抱かざるを得ない上、いかなる資料に基づきいかなる手法で損害額を査定したかが不明であり、やはり損害額認定の資料とするには足りない。

(3) 写真(甲三四)及び作業日誌(乙三、四)についても、本件貨物に生じた油汚染の範囲及び程度、破損の原因の認定、判断の根拠とするには足りない。作業日誌及び検数紙(甲二二の1ないし10、二三)についても、回収された丸太の数量の判断資料とするのはともかくとして、本件貨物に生じた油汚染の範囲及び程度、破損の原因に関してまで明らかにするものではない。

3  以上のとおりであるから、チー・リンが商法五八〇条二項により請求し得る範囲の損害である丸太減価損害についてはその証明があったとはいえず、右損害の発生を前提とする原告の保険代位による請求は理由がない。

三  原告に生じた損害(弁護士報酬)について

本件に商法五八一条ないし民法四一六条の適用がないことは前述したとおりである。

また、本件事故自体とは別に本訴の提起に至るまでの間原告と被告らとの間の交渉の過程をみても、被告らに不法行為と認められるような違法な行為があったとは認められない。

したがって、右損害に関する原告の主張も理由がなく、失当である。

四  よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(別紙)

船荷証券目録

一 船荷証券番号   LTL/〇四七―九二

運送品      マレーシア・サラワク丸太 一五七一本

四四七一・七四三六立方メートル

荷送人      リンバング・トレーディング・エスディーエヌ・ビーエイチデー

荷受人      ファースト・コマーシャル銀行の指図人

通知先      チー・リン・ランバー・カンパニー

外部から認められる運送品の状態 外観上良好な状態

運送人      ユニソン・ナビゲーション・コーポレーション

船舶の名称    ユニソン・スプレンダー

船積港      マレーシアの港 リンバング

陸揚港      スアオ港

船荷証券の通数  三通

作成地      マレーシアの港 リンバング

作成年月日    一九九二年一〇月二三日

二 船荷証券番号   RHM/一八〇九二

運送品      マレーシア・サラワク丸太 五一二本

二二五二・七六三四立方メートル

荷送人      テック・シン・リック・シン・エスディーエヌ・ビーエイチデー

荷受人      ファースト・コマーシャル銀行の指図人

通知先      チー・リン・ランバー・カンパニー

外部から認められる運送品の状態 外観上良好な状態

運送人      ユニソン・ナビゲーション・コーポレーション

船舶の名称    ユニソン・スプレンダー

船積港      マレーシアの港 クアラ・バラム

陸揚港      スアオ港

船荷証券の通数  三通

作成地      マレーシアの港 クアラ・バラム

作成年月日    一九九二年一〇月二五日

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